i a i
京都
1991年生まれ、2009年東京消防庁入庁
東日本大震災を起点とし2015年より、京都府福知山の山村で生活と同時に i a i という屋号で衣を創める
土地の風土、自然や生活からなる事象を内包した一点物の衣服を体現し、自身で採取した樹皮、草、土を用いて薪釜で布を染め、手仕事が活きる表現を行っている
初めて iai の衣服と出会った時の事を今でも鮮明に憶えています。
衣服と出会って、こんな衝撃を受けた事は初めてで、どうしてかと聞かれても言葉に変換する事は難しく、とにかく「やっと出会えた」という魂から反応するご縁を感じたという事しか説明できない、私にとってはそんな出会いだったのです。
初めて出会ったのは 6 年前、iai の衣を作る居相君は当時 24 歳でした。私とは 9 歳の年の差がありますが、個人的にどこかとても似た感覚、感性を感じる部分と、明らかに私達の世代には持ち合わせていない感覚(個人的な感覚で、居相君がそうだっただけかもしれませんが)との両方を感じ、私はその持ち合わせていない感覚の部分に、この世界を生きる上での生きやすさみたいなものを教えて貰った様な、そんな気がしているのです。
exhibition「共生」取材より 2021年3月
居相君は、一切の忖度をせず、自分の心の機微に純度高く生きていて、自分にとっての心地よい生き方をまるで水の流れのごとく体現している人です。
その日々の暮らしの中に iai の衣は存在しているし、iai の衣にはそんなみずみずしい今がその時その時で表現されています。
私達は過去にも共作をし展示を行いましたが、月日が流れる中で、私達自身もごく自然に変化し今を生きていて、その今が形になった表現を、何の心配も躊躇も忖度もなくお互い託し合える、そんな存在で在れることに感謝しかないのです。

衣食住
高校卒業後に消防士となり上京した居相君。
彼が配属された渋谷では常に生々しい生と死とが間近に存在し、張り詰めた緊張感の中での仕事が続いたそうです。
そんな生活の中で、日々の心のバランスを保ち自分を表現できる事が、お気に入りの服を纏い街を歩いたり、自分の手を加えたリメイクの服を着て人と会ったりする事だったと彼は言います。
居相君にとっての衣作りのきっかけはそんな消防士時代があったからこそで、その生活が衣作りにより一層彼をのめり込ませて行き、その行為こそが彼にとっての光であったのです。
そんな時にあの震災が起こりました。
当時、消防士として現場に派遣された居相君も、気仙沼で被害に遭われた人やその土地の光景を自分の目で見ていました。
「自分だったらどうするだろう?」
彼は目の前に広がるその状況に自分を投影したと言います。
そして「今の自分は何もできない、そう思った。」
それと同時に、「土を触って、野菜を育てたい。」
津波によって流された家を見て、
「家を修理したり、建てるにはどうしたら良いのか?どんな風に出来ているのか?」「衣食住、全てを人任せにせず、まずはそこから始めたい。」
そんな風に思ったそうです。
「実家のお婆ちゃん達が、田んぼや畑をしているその風景を想い、その風景の中にいる人が美しいと思った。」
東京での暮らしがまた、故郷の風景を想い起こさせたのでしょう。
「都会に流れる時間、自分の育った場所、田舎に流れる時間は違っていて、その違いがどうこうという事ではなく、どちらが良いという事でもなく、僕は田舎で暮らす事を選びたい。」そう思ったと居相君は言います。
それから消防士を辞め、居相君の地元、京都福知山の棚田が広がる山間に、奥さんの愛ちゃんと古民家で家の修繕をしながら暮らし始めたのです。
そこで畑をし始め、野菜を育て、iai の衣作りは始まりました。そして今彼らはより理想的な土地と出会い、土地作り、家づくりを始めたばかりでもあります。
「衣食住の住において、まだ自分たちが何も無い所で作り出せる実感がない。住というものにしっかり向き合って、自分が率先して家を築き上げたい。」
彼はそんな風に答えました。
彼らが見つけたその土地は今まさに桜の花が咲き誇り、どこを切り取っても命が芽吹き始めた様なそんな可能性に溢れていて、はじまりを祝福している様でした。
この土地から生まれる彼らの暮らしや、この土地で生まれる iai の衣に出会える事が、今から楽しみで仕方ないのです。

iai の衣作り
初期の頃から iai の衣を見続けて来たのですが、iai の衣にはいつも新鮮な発見や驚きを感じていて、作り手の生きる様や生きていく上で必ず現れるゆらぎが、そのまま衣に宿っている事をとても強く感じるのです。
そんな衣作りには、やり始めた当初とはまた違った変化が生まれてきたと話してくれました。
衣作りに救われた所から始まり、いつしかその衣作りは日々の投影に変化して行ったと、居相君は言います。
愛ちゃんや二人の間に生まれた愛する娘の糸草(しぐさ)ちゃん、白揺(はゆ)ちゃん、一緒に暮らす犬のしらすに、山羊のこはむとの日々やこの土地から受け取るものがそのまま衣に表れると居相君は言います。
布は家の側を流れる川の水を含み、この地にある植物から色を頂き、時に降り注ぐ雨を含み、陽の光を受け、愛ちゃんや仕草ちゃん、白揺ちゃんの身体に布を沿わせ、形作り出来上がります。
また子供との暮らしが始まってから、iai の活動の初期の頃とは、1日のうちの衣作りにかける時間や展示などで発表する頻度は減っています。
今、糸草ちゃんは3歳で白揺ちゃんはもう直ぐ1歳、「彼女たちとのこの時間は今しかなくて、その今ある美しさをしっかりと見て感じていたい」「一時も見逃したくない」と居相君は言います。
それほどに、家族で過ごす時間が彼にとって、iai の衣の表現において大切で強い影響を与えられているのです。
そして、常々居相君が口にする事の一つとして、
「心地よい事をやる。その時その時の自分にとっての心地よい事をして生きていく。」
それが今は家族との時間を多く取り、その中で受け取る美しさを限られた時間の中で衣作りに宿す。そんな在り方へと自然と向かわせるのでしょう。
実際に久しぶりに彼らの家で見た iai の衣には、今だからこそ作れる美しさ、新鮮さや豊かさを感じるのです。

もう一つ興味深い話が聞けました。
iai の衣は年間に約 600 着ほど作られているそうで、その数は他のアパレルブランドや量産型の服作りに比べて圧倒的に少ないのですが、彼にとってはその600 着という数字を前に、とても多くの衣を作っていると、感じるのです。
それは決して量産型の服作りや在り方を否定しているのではありません。居相君曰く、「僕とは違う物作りがあるからこそ、僕の物作りが存在している。」彼はそんな風にも感じているのです。
年間 600 着、数年で何千着と、iai の衣は彼がほぼ一人で全ての工程を作りあげ、形にしているのですが、それは彼にとってごく自然に自分にとって心地よくある方法で衣作りをした結果であって、量産型に対抗する物でも社会に一石を投じるための物作りでもないのです。
ただ、その作り方、日々があるからこそ、多くの衣を作ったという実感がどうしても湧き上がってくるのでしょう。
そして、物にあふれているこの時代に、果たしてこれ以上新たな物がたくさん必要なのか?だけれど、楽しいと思える物作りを止める事も出来ない。そんな矛盾を感じているようなのです。
そして、その実感が新たな試みへの発想を生み出しているのです。
「これまで通り日々から受けとる iai の衣作りと共に、新しく生み出す衣作りとは違った作り方、簡単に言えばリメイクをこれからはどんどんして行きたい。」
彼の口からはこんな言葉が出てきました。
居相君は、自分の選んだ布をこよなく愛している人なのですが、彼の美意識は新しい物の中にも、古い物の中にも存在していて、古い布から見える染みだったり、擦り切れだったり、人が生活する中で表れるその人の跡が見える布や、もはやその人そのものへと変化した衣服を、心の底から美しいと感じている人なのです。
そんな彼だからこそ、今、家の中にすでに存在している服や、昔着ていて今着なくなってしまった服に、美しさや新たな可能性を見出しているのです。
「そういった、その人そのものが宿る服に手を加えて、新しい命を吹き変えて新たな衣服を生み出したい。」と、今の彼はまた新しい光を見つけたようです。
例えばの話ですが、いつか誰かが毎日のように着ていたユニクロの服と、居相君の手が重なりあい新しい衣服が生まれるかもしれません。それって、想像しただけでとても面白いし、実際に見てみたいなと私は思うのです。
居相君の話を聞いていて、私自身とても感銘を受けたし、この世界に存在する全ての物作り、色々な立場や色々な人の在り方を肯定出来る、そんな表現になる可能性があるなと感じたのです。
人はそれぞれ違って良くて、色々な価値観や思想が存在します。その全てを心地よいと思えない事も人それぞれで、確かに存在するけれどその違いをまずは認め合えれば、心地よい美しい世界が目の前に広がるのかもしれません。
そして、自分とは違った価値観思想を認めるという事は、自分自身の事を認めるという事に繋がって行くのだと思っています。

iaiの衣の役割
彼自身、iai の衣の役割についてこんな風に感じていると言います。
「iai の衣は、被服でも洋服でも和服でもないと思うのです。そして、自分の霊性や、内なるものに気づかせ、呼び起こさせる、精神が歓喜される、そんな役割を担えるのではないか、、、」
私自身、その言葉にとても納得したのです。初めて iai の衣を見つけた時に、なぜか分からないけれど、「やっと出会えた」と魂がそんな風に感じたのですから。

今を生きる事
居相君にも聞いてみました。
「美しいとは、美しい生き方とは、美しい物作りとは何?」
言葉を選ぶ様に、言葉にならない何かを変換する様に、丁寧に言葉にしてくれました。
「日々の生活やここに或るもの、この土地から受け取るものを大切に、例えるなら水の流れの様に、今感じる事をその流れの中で、滞ることなく、出して行く事。」
「瞬間、瞬間、今を生きる事。」
exhibition「共生」取材より 2021年3月
彼の言葉が、そのまま居相家で過ごす時間に流れていて、その暮らしの中で、愛ちゃんが作ってくれるお料理や子供達とのおしゃべり、糸草ちゃんのありのままの純真無垢な姿、白揺ちゃんの吸い込まれそうな透明な瞳、それらを見つめる居相君そのものの中に、本当に柔らかく、素朴でいて神秘的な美しさが宿っている。
私は只々、そこにあるものを見せてもらった、そんな想いでいるのです。

photo | Ayaka Onishi
今展示『共生』では、
土地や日々の生活の中から受け取るエネルギーと、共生する事で出来上がる iai の世界、また川井有紗との共作作品も並び、ens でしか見れない作品群、世界を感じて頂けると思います。
私にとって大切なこの布を託すのは iai 君しかいない。そんな風に託したものがどんな姿で表れるのか、今からとても楽しみでしかたありません。そして、また居相家のみんなに会えるのも、楽しみな事の一つなのです。